特別展 足利樺崎寺と運慶 ―二体の大日如来像―

半蔵門ミュージアム

特別展 足利樺崎寺と運慶 ―二体の大日如来像―

作家:運慶

主催:半蔵門ミュージアム

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HOME お知らせ 秋の特別展「足利樺崎寺と運慶 ―二体の大日如来像―」のお知らせ お知らせ 2026/04/15 お知らせ 秋の特別展「足利樺崎寺と運慶 ―二体の大日如来像―」のお知らせ 運慶研究の第一人者、山本勉館長が語る運慶 樺崎寺を創建した足利義兼と二体の大日如来像 < 参考記事 > 展覧会概要 現在、栃木県足利市樺崎町に寺跡を残す樺崎寺は、源姓足利氏の二代目で初期の鎌倉幕府内で有力だった足利義兼(?~1199)が鎌倉初期に造営した寺院で、やがて足利氏の氏寺鑁阿寺の奥院として機能しますが、近世にいたって荒廃し、多くの堂が廃されました。樺崎寺と鑁阿寺に関する古記録『鑁阿寺樺崎縁起幷仏事次第』(鑁阿寺文書)には、義兼にかかわる二体の大日如来像の存在が記述されているのが注目されます。 そのうちの一体は、樺崎寺の下御堂にあったという、建久4(1193)年の願文がある厨子にはいった三尺皆金色の金剛界大日如来像です。半蔵門ミュージアムで開館以来公開されている大日如来像(重要文化財)は、この記録にみえる像に該当する可能性があります。もう一体は、義兼が子息義氏(?~1254)の誕生に際して鑁阿寺開山理真に出会ったのちに造立したという、三尺七寸厨子にはいった「三十七尊形像」とともにある「金剛界大日」です。樺崎寺の義兼廟赤御堂の後身である樺崎八幡宮に伝えられた、足利市・光得寺所蔵の厨子入りの像(重要文化財)がこちらにあたるものとみられます。二体の大日如来像はいずれも、この四十年間ほどの研究によって、日本仏像史を代表する仏師運慶(?~1223)の作である可能性が高いものと位置づけられています。 今回の特別展は、この二体を中心に据えた、初めての企画です。運慶が二体の像を造ったと考えられるのは建久年間(1190~99)ですが、この時期の運慶は四十歳代。奈良・東大寺大仏殿の巨像製作や京都・東寺講堂の空海ゆかりの仏像群の再興などを経験したのもこの時期です。脂の乗り切った時期の運慶の作風や技法の展開を、二体の大日如来像から想像できるのは貴重です。運慶における像内納入品の意味など、ほかにも考えるべきことは少なくないでしょう。

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