芸術監督・木ノ下裕一 注目の一作! 花組芝居の“ネオかぶき”が松本に 私が花組芝居さんの作品をはじめて観たのは高校生の頃。 古典とがっぷり四つに組み、真摯にして洒脱。猥雑性と耽美のバランス、かつて演劇が〝祝祭〟だった頃の感覚が呼び起こされ、トリコになりました。そして、「〝かぶき〟ってすごいんだぜ!」という声を聴いたような気がしました。自分の劇団を旗揚げしたのはそれから三年後。花組芝居さんや主宰の加納幸和さんの背中を追いかけて、今日に至ります。その背中は、ますます大きく、そしてはるか遠くに見えます。 木ノ下裕一 (まつもと市民芸術館芸術監督団団長/芸術監督[演劇部門]) 「ネオかぶき」という看板を掲げ39年。継続的に歌舞伎と向き合う現代演劇人がなかなか現れず、たった一人で歩んで来た道を、木ノ下裕一君という秀才が追い掛けて来ました。「木ノ下歌舞伎」はあれよ!あれよ!と高い評価を受けられ、既に脅威です(苦笑)。そんな木ノ下君が、嬉しくも松本へ花組芝居を招いてくれました。有難うございます!歌舞伎を愛する松本の皆様に喜んで頂けるよう、心して勤めます。よろしくお願い致します。 加納幸和 (花組芝居 座長) 赤姫姿の老醜の女形が車椅子に腰掛けている。 ここは彼岸か?此岸か? 「赤」を身にまとった「男」が紡ぎ出す、いにしえの物語。 白粉で塗り固められた虚構の世界を支える「男」たちの、涙、怒り、そして嫉妬……。 「女形」が孕むその内実を、文壇の愛憎劇に仮託して描く哀しきコメディ。 STORY 一人の老齢の赤姫が車椅子に座っている。 その姿は、男たちに赤姫たちに包まれ……やがて消えていく。 昭和十二年、夏。 東新聞社主の田岡の家に、作家の乾と編集者の西村がいる。彼らは東新聞で連載を持つ作家・手塚から呼び出されたのだ。耳の遠い婆やや、顔の爛れた謎の男に案内されつつ待っていると、叫び声をあげ若い小説家の川野が飛び出してくる。「田岡さんを待っていたら、あの人が」と、そこに現れるのは赤姫の様相をした女形「葵」であった。戻って来た田岡に飛びつく葵。「田岡さん、た~んと可愛(かわゆ)がって下さんすか?」 なぜ、この女形が田岡の家にいるのか、その秘密が明かされる中、手塚が自殺したという一報が入る。田岡はつぶやく。「……なぜだ手塚、なぜ君が死ぬ必要がある。
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